2006年07月06日
[編集部]七夕を前に
こんばんは。
キャンパスドットコム大学編集部です。
明日は7月7日、七夕。
現在、七夕のお祭りは
1.新暦の7月7日
2.旧暦の7月7日
3.月遅れ(新暦の8月7日)
の3通りの日付で行われています。
明日の七夕は、1.の新暦(太陽暦・グレゴリオ暦)による七夕ということになります。
でも、太陽暦での7月7日は織姫・彦星や天の川を見るには適していません。
その原因は3つあります。
原因その1:梅雨
日本の多くの地域は、まだ梅雨が明けていない
原因その2:高度が低い
7月7日の織姫・彦星は東の低い空にあるため、地上のもやなどで見えにくくなる
原因その3:月の満ち欠け
太陽暦は月の満ち欠けと無関係なので、満月期に重なることがある(今年の場合、7月11日が満月です)
これらの問題点は、2.の旧暦の7月7日には解消されます。
今年は7月31日に旧暦(太陰暦)7月7日がやってきます。
この頃であれば梅雨も明け(ている年が多く)、日本列島は高気圧に覆われて晴れる日が多くなります。
織姫・彦星の高度も南東の空に高く上り、二つの星を隔てる天の川も一年で一番見やすい時期を迎えます。
月の満ち欠けに関しても、太陰暦とは新月を毎月の1日とするので、7日には月齢およそ6の月が南西の空に浮かび、星空の邪魔をしません。
そのため、国立天文台では2001年から旧暦の七夕を「伝統的七夕」としています。
また、有名な仙台の七夕祭りなどは3.の例に該当します。
と、お話したところで・・・。
今年の「旧暦7月7日」は2回あることをご存知ですか?
太陰暦における12か月は354日で、太陽暦の1年と比べると1年間に11日ほど短くなります。
その11日のずれは、3年間で約1か月分ほどのずれを生じさせてしまいます。
そのずれを解消すべく、約3年に1度、余分な1か月(閏月)を挿入しています。
挿入する月は年によって異なりますが、閏月が生じる今年の場合は7月が2回(旧暦7月と旧暦閏7月)来ることになっています。
そこで、今年は旧暦7月7日が2回(新暦7月31日=旧暦7月7日と新暦8月30日=旧暦閏7月7日)あるのです。
現在では、4年に1回の2月29日がある年を閏年と呼んでいますが、かつては閏月がある年を閏年と呼んでいました。
では、今年の伝統的七夕(旧暦)は2回あるのかというと、そうではありません。
それは、24節気の処暑(今年は8月23日)よりも前で、処暑に最も近い朔(新月)の時刻を含む日から数えて7日目が「伝統的七夕」の日と定義されているためです。
でも、もしかすると天上では織姫と彦星が今年は2回会っているのかもしれません
ちなみに。
江戸時代まで使用していた旧暦(正確には天保暦)を現在のグレゴリオ暦に切り替えたのは明治6年の1月1日。
日付を見ると、一見区切りがいいように感じますが、新暦明治6年1月1日は、旧暦の明治5年12月3日に当たります。
つまり、明治5年の12月は1日と2日のたった2日間しか存在しませんでした。
なぜこんなことが起きたのか?
もちろん、国際社会で多く使われている暦に合わせたためともいえます。
が、より切実な理由として、明治新政府が深刻な財政難を抱えていたことが挙げられます。
明治維新以前は年俸制だった役人の給与を、維新以後は月給制に変更していました。
ところが、旧暦明治6年は閏年で、閏6月が入るため1年が13か月ある――つまり、天保暦のままだと明治6年には13回給与を支払わなくてはいけません。
そこで、暦を切り替えることにより、明治6年の給与支払いの回数を12回に減らすことにしたのです。
さらに、この策の施行によって明治5年の12月は2日しかないため、この月の給与は支払わないことにして、明治5年分の給与も1か月分減らすことができたのです。
棚からぼた餅というか、一石二鳥というか;;;;(;・・)ゞ
七夕ネタから相当ずれてしまいましたが、七夕の明日、こんなことを考えながら夜空を見上げてみてはいかがでしょう?
といっても、星空が見えない地域が増えてしまいましたよね...ρ(。 。、 )
キャンパスドットコム大学編集部です。
明日は7月7日、七夕。
現在、七夕のお祭りは
1.新暦の7月7日
2.旧暦の7月7日
3.月遅れ(新暦の8月7日)
の3通りの日付で行われています。
明日の七夕は、1.の新暦(太陽暦・グレゴリオ暦)による七夕ということになります。
でも、太陽暦での7月7日は織姫・彦星や天の川を見るには適していません。
その原因は3つあります。
原因その1:梅雨
日本の多くの地域は、まだ梅雨が明けていない
原因その2:高度が低い
7月7日の織姫・彦星は東の低い空にあるため、地上のもやなどで見えにくくなる
原因その3:月の満ち欠け
太陽暦は月の満ち欠けと無関係なので、満月期に重なることがある(今年の場合、7月11日が満月です)
これらの問題点は、2.の旧暦の7月7日には解消されます。
今年は7月31日に旧暦(太陰暦)7月7日がやってきます。
この頃であれば梅雨も明け(ている年が多く)、日本列島は高気圧に覆われて晴れる日が多くなります。
織姫・彦星の高度も南東の空に高く上り、二つの星を隔てる天の川も一年で一番見やすい時期を迎えます。
月の満ち欠けに関しても、太陰暦とは新月を毎月の1日とするので、7日には月齢およそ6の月が南西の空に浮かび、星空の邪魔をしません。
そのため、国立天文台では2001年から旧暦の七夕を「伝統的七夕」としています。
また、有名な仙台の七夕祭りなどは3.の例に該当します。
と、お話したところで・・・。
今年の「旧暦7月7日」は2回あることをご存知ですか?
太陰暦における12か月は354日で、太陽暦の1年と比べると1年間に11日ほど短くなります。
その11日のずれは、3年間で約1か月分ほどのずれを生じさせてしまいます。
そのずれを解消すべく、約3年に1度、余分な1か月(閏月)を挿入しています。
挿入する月は年によって異なりますが、閏月が生じる今年の場合は7月が2回(旧暦7月と旧暦閏7月)来ることになっています。
そこで、今年は旧暦7月7日が2回(新暦7月31日=旧暦7月7日と新暦8月30日=旧暦閏7月7日)あるのです。
現在では、4年に1回の2月29日がある年を閏年と呼んでいますが、かつては閏月がある年を閏年と呼んでいました。
では、今年の伝統的七夕(旧暦)は2回あるのかというと、そうではありません。
それは、24節気の処暑(今年は8月23日)よりも前で、処暑に最も近い朔(新月)の時刻を含む日から数えて7日目が「伝統的七夕」の日と定義されているためです。
でも、もしかすると天上では織姫と彦星が今年は2回会っているのかもしれません

ちなみに。
江戸時代まで使用していた旧暦(正確には天保暦)を現在のグレゴリオ暦に切り替えたのは明治6年の1月1日。
日付を見ると、一見区切りがいいように感じますが、新暦明治6年1月1日は、旧暦の明治5年12月3日に当たります。
つまり、明治5年の12月は1日と2日のたった2日間しか存在しませんでした。
なぜこんなことが起きたのか?
もちろん、国際社会で多く使われている暦に合わせたためともいえます。
が、より切実な理由として、明治新政府が深刻な財政難を抱えていたことが挙げられます。
明治維新以前は年俸制だった役人の給与を、維新以後は月給制に変更していました。
ところが、旧暦明治6年は閏年で、閏6月が入るため1年が13か月ある――つまり、天保暦のままだと明治6年には13回給与を支払わなくてはいけません。
そこで、暦を切り替えることにより、明治6年の給与支払いの回数を12回に減らすことにしたのです。
さらに、この策の施行によって明治5年の12月は2日しかないため、この月の給与は支払わないことにして、明治5年分の給与も1か月分減らすことができたのです。
棚からぼた餅というか、一石二鳥というか;;;;(;・・)ゞ
七夕ネタから相当ずれてしまいましたが、七夕の明日、こんなことを考えながら夜空を見上げてみてはいかがでしょう?
といっても、星空が見えない地域が増えてしまいましたよね...ρ(。 。、 )


