2006年07月21日
[編集部]次回W杯開催国 南アフリカ共和国
こんにちは。
キャンパスドットコム大学編集部です。
毎日、新聞紙面をにぎわせたFIFAワールドカップ終了から10日あまり・・・。
テポドン、ジャワ島の地震・津波、豪雨による災害・・・大きな事件や事故が続いて、すっかり昔のことのようになってしまいました。
被災地域にお住まいのみなさまにお見舞い申し上げます。
さて、そんな中見かけたこんな記事。
W杯に来るなら命懸けでと、次回開催国である南アフリカ共和国の男性がHPで警告を出しているそうです。
個人的に・・・うん、決して大げさではないと思うわけで。。。( ̄x ̄;)
その根拠を説明する前に、南アフリカの基礎知識。
南アフリカ共和国(以下、南ア)は、アフリカ大陸最南端に位置する世界で24番目の広さを誇る国。
首都はプレトリア(行政府)、ケープタウン(立法府)、ブルームフォンテーン(司法府)の3都市に分かれています。
この国は実際・・・最大都市のヨハネスブルクをはじめ、治安が悪いことで有名です。
かつて南アを訪れた際、現地に住んでいる日本人に空港まで迎えに来てもらったのですが、駐車場を出る時に係員からいったんエンジンを切り、キーを抜くように指示されました。
その理由は、他人の車を盗んでいく人が後を立たず、盗難車の場合はキーがないので、いったんエンジンを切ってしまうと、スムーズにエンジンをかけ直せないからなのだそうです。
といっても、その車だけでなく、駐車場にある車のほとんどは、日本で走っているようなつやつやぴかぴかしたものではなくて、10年~20年も走っている年代物です。
その車に、ドアだけでなく、ギアやハンドルなど4~5箇所に鍵をかけているにもかかわらず、盗まれてしまうのです。
車のラジオからは、延々と各地での殺人事件のニュースが流れます。
アメリカのダウンタウンを一人で歩いたという、怖いもの知らずのバックパッカーでさえも、「ヨハネスブルクだけは、空気からして怖かった」と語ってくれました。
まあ、そうは言っても、どこもかしこも外に出たとたんに危険な目に遭うというわけではありません。
ヨハネスブルクにも、昼間に一人で歩くことができるような場所もあります。
でもそういう場所であっても、安宿にも高い塀が張り巡らされ、塀の上には有刺鉄線プラス電流が流れる線が張られ、門は電子ロックで閉ざしている程度には危険なので、決して治安がいいとは言えません。
では、どうして南アがここまで治安が悪くなったのか?
原因は南ア建国時に遡ります。
南アは、英国からの独立後、人種差別法をいくつも制定し、1948年には悪名高きアパルトヘイト政策(人種隔離政策)が法制化されて国際非難を浴びました。
その後、1990年にアパルトヘイトが撤廃されて人種に関係なく、自由に居住地や職業を選べるようになったのですが、21世紀になっても依然として人種間失業率格差が解消されないでいます。
それは、アパルトヘイトにより教育水準格差をも生み出していたことが最も大きな要因と考えられています。
アパルトヘイト時代に教育を受ける機会を得なかった人は、雇用が不安定な業種にしか職を得ることができず、収入は高学歴な人よりもずっと低くなります。
低収入であれば、その子どもに教育を受けさせることが困難になり、貧困の連鎖は続いていきます。
また、農村の土地は白人が持っていることが多いので、農村では仕事がなく、職を求めて都市に移住するのですが、先に述べたように教育を受けていないために満足な職を得ることができず、スラムが形成されていきます。
貧困の悪循環が続くうちに、犯罪や麻薬、アルコール依存症や自殺などが多発していったのです。
この南アの現実を見ると、教育というものがいかに大切であるかを実感させられます。
教育を受けていれば、将来の選択の幅は広がりますが、教育を受けていなければ最初から可能性が閉ざされてしまうことが多いのです。
もちろん、人間、勉強がすべてではありません。
でもそれでも、やっぱり教育は大切――そんな、当たり前のことを改めて感じます。
後進国と呼ばれる国で、貧しい子どもたちが学校に通う様子を見たとき、その眼の輝きにこころを打たれます。
学校に通える、そのことを本当にうれしそうにしているのです。
テレビで「トリビアの泉」が人気を博しているように、本来人間は知識を得ることが好きな動物であるはずなのです。
一方、地球の裏側にある日本では登校拒否やニートの問題が浮上しています。
かつて話題になった『世界がもし100人の村だったら』という本によれば、70人しか文字が読めません。
大学に進学したり、コンピューターを保有できる人は1人しかいません。
このブログを読んでいるみなさんは、進学を考えている人がほとんどでしょう。
進学が珍しくない時代に生まれ、社会に住み、進学するための金銭的余裕や成績に恵まれている――そして自分はなぜ勉強するのか? 自分が本当に勉強したいことは何なのか?
いよいよ始まった夏休み、勉強や遊びなど予定が詰まっているかもしれませんが、時にはそんなことを考えてみてはいかがでしょうか。
教育を受けられない環境であれば、偏差値に悩まされることも、机にかじりつく必要性もないかもしれない。
でも、自分にとってどちらが幸せなのか?と。
そんなことを考えることができる環境にいられることも、奇跡のような確率なのですから。
キャンパスドットコム大学編集部です。
毎日、新聞紙面をにぎわせたFIFAワールドカップ終了から10日あまり・・・。
テポドン、ジャワ島の地震・津波、豪雨による災害・・・大きな事件や事故が続いて、すっかり昔のことのようになってしまいました。
被災地域にお住まいのみなさまにお見舞い申し上げます。
さて、そんな中見かけたこんな記事。
W杯に来るなら命懸けでと、次回開催国である南アフリカ共和国の男性がHPで警告を出しているそうです。
個人的に・・・うん、決して大げさではないと思うわけで。。。( ̄x ̄;)
その根拠を説明する前に、南アフリカの基礎知識。
南アフリカ共和国(以下、南ア)は、アフリカ大陸最南端に位置する世界で24番目の広さを誇る国。
首都はプレトリア(行政府)、ケープタウン(立法府)、ブルームフォンテーン(司法府)の3都市に分かれています。
この国は実際・・・最大都市のヨハネスブルクをはじめ、治安が悪いことで有名です。
かつて南アを訪れた際、現地に住んでいる日本人に空港まで迎えに来てもらったのですが、駐車場を出る時に係員からいったんエンジンを切り、キーを抜くように指示されました。
その理由は、他人の車を盗んでいく人が後を立たず、盗難車の場合はキーがないので、いったんエンジンを切ってしまうと、スムーズにエンジンをかけ直せないからなのだそうです。
といっても、その車だけでなく、駐車場にある車のほとんどは、日本で走っているようなつやつやぴかぴかしたものではなくて、10年~20年も走っている年代物です。
その車に、ドアだけでなく、ギアやハンドルなど4~5箇所に鍵をかけているにもかかわらず、盗まれてしまうのです。
車のラジオからは、延々と各地での殺人事件のニュースが流れます。
アメリカのダウンタウンを一人で歩いたという、怖いもの知らずのバックパッカーでさえも、「ヨハネスブルクだけは、空気からして怖かった」と語ってくれました。
まあ、そうは言っても、どこもかしこも外に出たとたんに危険な目に遭うというわけではありません。
ヨハネスブルクにも、昼間に一人で歩くことができるような場所もあります。
でもそういう場所であっても、安宿にも高い塀が張り巡らされ、塀の上には有刺鉄線プラス電流が流れる線が張られ、門は電子ロックで閉ざしている程度には危険なので、決して治安がいいとは言えません。
では、どうして南アがここまで治安が悪くなったのか?
原因は南ア建国時に遡ります。
南アは、英国からの独立後、人種差別法をいくつも制定し、1948年には悪名高きアパルトヘイト政策(人種隔離政策)が法制化されて国際非難を浴びました。
その後、1990年にアパルトヘイトが撤廃されて人種に関係なく、自由に居住地や職業を選べるようになったのですが、21世紀になっても依然として人種間失業率格差が解消されないでいます。
それは、アパルトヘイトにより教育水準格差をも生み出していたことが最も大きな要因と考えられています。
アパルトヘイト時代に教育を受ける機会を得なかった人は、雇用が不安定な業種にしか職を得ることができず、収入は高学歴な人よりもずっと低くなります。
低収入であれば、その子どもに教育を受けさせることが困難になり、貧困の連鎖は続いていきます。
また、農村の土地は白人が持っていることが多いので、農村では仕事がなく、職を求めて都市に移住するのですが、先に述べたように教育を受けていないために満足な職を得ることができず、スラムが形成されていきます。
貧困の悪循環が続くうちに、犯罪や麻薬、アルコール依存症や自殺などが多発していったのです。
この南アの現実を見ると、教育というものがいかに大切であるかを実感させられます。
教育を受けていれば、将来の選択の幅は広がりますが、教育を受けていなければ最初から可能性が閉ざされてしまうことが多いのです。
もちろん、人間、勉強がすべてではありません。
でもそれでも、やっぱり教育は大切――そんな、当たり前のことを改めて感じます。
後進国と呼ばれる国で、貧しい子どもたちが学校に通う様子を見たとき、その眼の輝きにこころを打たれます。
学校に通える、そのことを本当にうれしそうにしているのです。
テレビで「トリビアの泉」が人気を博しているように、本来人間は知識を得ることが好きな動物であるはずなのです。
一方、地球の裏側にある日本では登校拒否やニートの問題が浮上しています。
かつて話題になった『世界がもし100人の村だったら』という本によれば、70人しか文字が読めません。
大学に進学したり、コンピューターを保有できる人は1人しかいません。
このブログを読んでいるみなさんは、進学を考えている人がほとんどでしょう。
進学が珍しくない時代に生まれ、社会に住み、進学するための金銭的余裕や成績に恵まれている――そして自分はなぜ勉強するのか? 自分が本当に勉強したいことは何なのか?
いよいよ始まった夏休み、勉強や遊びなど予定が詰まっているかもしれませんが、時にはそんなことを考えてみてはいかがでしょうか。
教育を受けられない環境であれば、偏差値に悩まされることも、机にかじりつく必要性もないかもしれない。
でも、自分にとってどちらが幸せなのか?と。
そんなことを考えることができる環境にいられることも、奇跡のような確率なのですから。
ちょっと説教くさくなっちゃいましたm(_ _)m


